1話 - 或るある朝二人

「ブーッ ブーッ」
耳元で囁くささやく機械音で夢から覚めた。

薄い金属の板から発せられるその音は、
いつもはただの日常の一部でしかないが、早朝にはとても煩わしくわずらわしく感じる。

金属の板を手にとり、画面に顔をかざすとLINEの通知が2つ連なっているのが見えた。
薄暗い部屋の中にいつにも増して煌々こうこうと放たれる光と、うつつ
に無理矢理引き戻された苛立ちとのアンバランスを感じつつ、
画面を下から上へスワイプした。

LINEは親友の皓太こうたからだ。
トーク画面を開くとそこには

「おきてるー?」
「おーい」

と普段と変わらない口調の文章があった。
朝の5:20にLINEしてくるやつがあるか、と毒づきながらも、
中学時代と変わらない様子の皓太に安心している自分もいた。

1話 - 或るある朝二人

「あ、おきたな」

新たなメッセージが画面に表示された。

トーク画面を開くと「既読」の文字が表示されメッセージを確認したことが相手に把握されるのは便利ではあるが、
それと同時に現在の自分の状況が瞬時に伝わってしまうことには恐怖も感じる。

重い体を起こしてベッドに座り、返信体勢を整えた。
昔から、LINEなどに返信するときはなぜか起き上がってしまう。

「いま起きた」
「相変わらず朝早いな」

ここで自分のトークターンを終えようかとも思ったが、
あいつが3メッセージ送ってきているのに2メッセージで終わらせるのもなんだか負けたような感じがして

「どうした?」

と1文付け加えておいた。
それと同タイミングで

「始業式、一緒に行こうぜ」

とメッセージが返ってきた。

あぶないあぶない。もう少し返信速度が遅かったらターンが2メッセージで終わるところだった。

1話 - 或るある朝二人

「あれ、お前と高校違ったよな」

そう返信した。
たしかあいつは第一高校だった気がする。

「おう」
「お前斎田さいた第二だよな」
「おれ第一だから」

やっぱり俺の記憶は間違っていなかった。

「だよな」
「ってことは途中の駅まで一緒に行くって感じ?」

「そう」

3メッセージ送る前に返信されてしまった。
もうメッセージ数で勝ち負けを決めるのはやめておくことにした。

俺と皓太が通っていた名滝めいろう中学からは、大部分が斎田第一高校と第二高校へと進学する。
俺が合格した第二高校の偏差値が55であるのに対して、第一高校は58と少し高い。

昔からあらゆることにコンプレックスを抱いていた俺にとって、「皓太が第一に合格した」というニュースほど落ち込むものはなかった。
そんな俺を常に親身になって励ましてくれていた親も、「鳥は飛べるのに俺は飛べない」と言ったときはさすがに呆れてあきれていた。

1話 - 或るある朝二人

箏葉台ことはだい駅で集合して、俺は庵田いおたで先に降りる感じかな」
「何時集合にする?」
「6:40とか?」
「さすがにはやいか」
「もうちょい後?」
「いやでも遅刻はしたくないな」

俺が物思いに耽っているふけっている間、あいつの中でも相当な議論が行われたようだ。
ただ、一人で会話しているのは側から見ていて少し怖い。

「6:50とかでいいんじゃね」

そう返信した。
絶賛議論中の彼の思考にひと釘刺してあげるのが親友としての役目であろう。

「そうしよ」

大議論は無事終焉しゅうえんを迎えたようだ。
ただ、もう少し彼の一人会話をみているのも愉快だったのかもしれない、と後悔もしてみる。
どっちでもいいか。

1話 - 或るある朝二人


紆余曲折うよきょくせつの後、6:50に俺の家の前に集合することになった。「俺の家の方が駅に近いから」だ。

左上の時計を見るとまだ5:40。
もう少しなら寝れる気がする。そう安心するとまた夢の世界へと誘われた。

「ブーッ ブーッ ブーッ ブーッ ブーッ ブーッ ブーッ ブーッ」
けたたましい機械音で二回目の起床をした。

音から言ってこれは電話な気がする。
さっきまでのLINEのトーク内容から考えて、電話相手は彼に違いない。

まさかな。

そう思って時計を見ると針は7:00を指していた。

まずい。

新学期一発目から遅刻など許されない。
しかも皓太と一緒に行くのであれば彼も道連れとなってしまう。

自分でも驚くほどのスピードで起き上がり一階へと駆け降りて行った。
今のスピードなら、かのウサイン・ボルトにも勝てる、そんな淡いあわい期待すら抱きながら。

【 一話終了 】

群青の方程式