初夏の夕暮
僕は夏が嫌いだ。
容赦無く照りつける太陽、突然空から落ちてくる雨粒、絶え間なく溢れる汗。
人々は夏の暑さを”爽やか”と表現し、それを青春に喩えては美化するが、体から全てを奪ってしまうようなあの季節に思いを馳せることなど自分にはできたものじゃない。
自分は以前より外出が性に合わず、休み時間も自席で本を読むような人種であった。
加えて夏ともなるとそれは加速し、気づけば『陰』のものとなっていた。
僕は夏が嫌いだ。
容赦無く照りつける太陽、突然空から落ちてくる雨粒、絶え間なく溢れる汗。
人々は夏の暑さを”爽やか”と表現し、それを青春に喩えては美化するが、体から全てを奪ってしまうようなあの季節に思いを馳せることなど自分にはできたものじゃない。
自分は以前より外出が性に合わず、休み時間も自席で本を読むような人種であった。
加えて夏ともなるとそれは加速し、気づけば『陰』のものとなっていた。
いつもと変わらず教室で自分の世界に入り浸っていた自分を現実世界に引き戻したのは、聞き慣れた声であった。
「なあ、今日の放課後駄菓子屋であそばね?」
はにかみながらそう提案してきたのは、数年前よく遊んでいた友人だった。
そういえば、と思い返す。
今では教室の地縛霊となっている自分にも、いわゆる『陽キャ』の時期があった。
その頃仲良くしていた彼が今更突然そんな誘いをしてくるなど、微塵もおもっていなかった。
後に半ば強引に遊びの約束をとりつけられた僕は、懐かしい気持ちになっていた。
遊びの予定がのちに控えている時の胸の高揚感やはやく時間にならないかという焦燥感。
どんな会話をしようか、と脳内でスケジュールを組むところから遊びははじまっているのかもしれない。
放課後、自転車を漕いで駄菓子屋の近くへ行くと、こちらに気づいて大きく手を振る彼の姿があった。
「おーい!」
気がつくと僕も大きく手を振っていた。
こんなに手を動かしたのは数年ぶりかもしれない。
「なあ、いくらもってきた?」
そう聞かれ500円と答えると、彼も同じだった。
「よーし、たくさん買うぞ!!!」
僕らはそう意気込み、値札と睨めっこをはじめる。
「これを買っちゃうとこれが買えなくなるな...あれ今いくらだっけ」
脳内で暗算をする彼に僕は計算機の使用を持ちかけた。
「ちげえよ、脳内で計算して500円ぴったりになったところでお会計してみて、計算ミスで予算オーバーするところまでが楽しいんだよ」
オーバーしちゃったら意味ないじゃんと二人でひとしきり笑い転げ、各々思い思いの品をカゴいっぱいに詰めお会計を済ませた。
駄菓子屋の軒下にあるベンチで長いゼリーを吸いながら、僕らは談笑した。
日は地面の向こう側へと落ちはじめ、肌寒くなってきたところで解散することになった。
自転車にまたがりペダルを数回踏んだ時、はっとなった。
肌を撫でる夏特有の空気、軒先でささやく風鈴の音。
それは「心地よい」という言葉では到底言い表せないほどのものだった。
そして気づいた。人が『夏』を『青春』とリンクさせるのはただ爽やかなイメージからだけではなく、日中の暑さのような若さゆえの元気、夕方僕らを包み込むやさしい風のような友達関係、そして線香花火のように儚い恋。
そういった夏の持つ素敵な部分を青春と重ね合わせているのだと。そして僕はそれに気づけていなかった。
騒々しい蝉の鳴き声さえも今なら心から愛せる、そんな思いを昂らせながら加速した。
そして叫んだ。
僕は、夏が大好きだ。